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ふるさと学芸員の小窓

ふるさと学芸員のブログです。砺波市の「ふるさと文化財」とは、地域の財産として親しまれ大切にされている文化的財産のことです。このブログで少しずつご紹介していきたいと思います。
メール furubun001@gmail.com
ホームページURL http://blog.city.tonami.toyama.jp/group/furusato/
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2012年05月11日 13:14

国指定史跡 増山城 で行われる『増山城ふれあいウオーク』のお知らせです。

【ウオーキングの部 開催要項】

日時:6月3日(土)開始時間9:00(受付開始8:30)
場所:砺波市上和田緑地キャンプ場 国指定史跡増山城
参加:参加費 300円
日程:受付8:30〜  ウオーク9:30〜12:00
コース:4kmコース(行先:増山城跡)
    8kmコース(行先:増山城跡・城下町)
    7kmコース(行先:千光寺・厳照寺・長尾為影塚)

事前申込先:下記に平成24年5月25日(金)までにメール・電話で申し込んでください。当日受付も可としますが、事前に申し込んでください。

メール furubun001@gmail.com
電話  0763−32−6815

※申込の際には「氏名(フリガナ)・住所・電話番号・参加コース」をお知らせ下さい。








諸事項
●降雨などにより中止が危ぶまれる場合は、当日の午前8時以降に次の番号(0763−82−1904)に電話でご確認をお願いします。
●駐車場に限りがありますので、なるべく乗り合わせでお越し下さい。
●この行事は、参加者の自己責任においてウオーキングを楽しむものです。交通安全・体調管理・服装や携行品の用意などについては十分準備してください。
●万一事故が発生した場合には、主催者は安全保険に加入している範囲内及び応急処置以外の責任は負えませんのでご了承ください。
●8キロコースは「砺波市健康ウオーキングMAP」の「増山城戦国ロマンコース」にあたります。
●行事中に撮影した写真や映像が、主催者の制作する印刷物・情報メディア・その他広報全般および報道に使用されることがありますので、ご了承ください。


  • お知らせ

2012年05月01日 13:35

 GW前半はとてもいいお天気になりました!
 増山城跡の桜はすっかり散ってしまって葉桜になっていました。新緑の増山城跡です。




 冠木門の前に、訪れた方が感想などを書き込むノートが設置されているのですが、読んでみると自転車で来られた方もいらっしゃるようです。ちょっと立ち寄るにも、いいコースですよね。


 先月の爆弾低気圧の爪痕はすこしづつ整備が進んでいますが、山に入られる際はご注意くださいね。


  • 見たこと

2012年04月27日 12:36

 チューリップフェアが開幕しましたね。もうすでに行ってこられた方もいらっしゃるかと思います。
 さて、4月29日・30日は砺波市の伝統行事「出町子供歌舞伎曳山」が行われます。こちらは出町神明宮の春季祭礼に合わせて行われるもので、県指定無形民俗文化財・砺波市指定文化財です。




 今年の演目は、明智光秀が本能寺で織田信長を討ち、豊臣秀吉に敗れるまでを描いた「絵本太功記十段目 尼ヶ崎之段」と、四十七士のあだ討ちをテーマにした「仮名手本忠臣蔵 三段目 裏門之場」だそうです。


 出町の曳山の歴史は、およそ220年前の天明九年(一七八九年)にまでさかのぼるとのこと。民俗文化が現代に至るまで長く受け継がれ続けていくって、実はすごいことですよね。この地で生きてこられた方々の郷土愛を感じます。
今週末のお天気は、今のところ雨は降らなさそうですね。出演者の皆様、頑張ってください!!


  • お知らせ

2012年04月20日 16:34

 4月19日の新聞で紹介されていました。
 ふるさと文化財No.19の「山田文作像」が修復されたそうです。

 今日行ってみたら、まだ足場が残っていました。




 「山田文作像」は、上海事変(1932)で戦死した山田文作の供養のために、母みつが鏝絵(こてえ)の名工竹内源造に依頼して建てられた忠魂碑です。
 材質には当時貴重だったコンクリートが使われており、製作費は家2〜3軒分ほどかかったそうです。この写真では分かり難いですが、軍服の皺のような細かなところまでリアルに造られていました。
 小牧ダムで潤った時代背景や壁職人であった竹内源造のレベルの高い技術を見る事ができます。

 今回の修復では像に生していたコケが取り除かれ、コンクリートの剥がれやひびが入っていた部分を復元したそうです。
 これからも平和な世の中を願いながら見守り続けてくれることでしょう。


  • 彫刻

2012年04月17日 13:54

以前にもこのブログでお話していたよごしやいもがいもち。こういった砺波の郷土料理を一冊にまとめた「砺波ライフスタイルブック 郷土料理編」が完成しました!新聞などでも取り上げていただいたので、すでにご覧になった方もいらっしゃるかと思います。



レシピも掲載されているので、初めての方も慣れ親しんだ方も、これさえあれば砺波のソウルフードを満喫できますね。
ぜひお手に取っていただきたいと思います。

<入手方法>
・砺波市役所
・砺波市観光協会
・呉西地区の道の駅
・散居村ミュージアム
・郷土資料館
・エントランス庄川

などで無料配布しております。
また、郵送での配布もしております。
詳細は下記へお問い合わせください。

砺波市教育委員会
TEL:0763−82−1904

なお、品切れも予想されますので、その際はご了承ください。


  • お知らせ

2012年04月13日 16:14

4月になり、最近ようやく暖かさを感じるようになりました。お花見の季節はもうすぐですね。先日、砺波市にある国指定史跡の増山城跡の冠木門まで行って来たのですが、その周辺では桜の開花はもう少し先という感じでした。
 さて、このふるさと学芸員の小窓」では砺波市の「ふるさと文化財」をご紹介しています。このブログをお読みいただいている方の中には、はじめましての方もいらっしゃるのでは?と思い、ここであらためて「ふるさと文化財とはなんぞや」ということをお話させていただきます!

 「ふるさと文化財」は指定文化財に該当しないものの中で、地域の財産として親しまれ大切にされている文化的財産を保存及び活用し、後世へ継承することを目的として創設されたものです。平成23年に砺波市教育委員会によって54件のふるさと文化財が登録されました。

 古くから先人達によって大切にされてきた文化的遺産をこれからも大切に守り、受け継いでいくためには、まず皆様に知っていただく事が大切です。このブログでは、私たちふるさと学芸員の目線や日々の徒然も交えながら、砺波市のふるさと文化財をご紹介していきます。
 
このブログをご覧になって、お散歩やウォーキングがてらに「ちょっと行ってみようか」と足を伸ばしていただけると嬉しく思います。砺波の道の駅や砺波市役所などでは「となみし ふるさと文化財マップ」も配布しておりますのでご活用ください。
 どうぞよろしくお願いいたします!


  • ふるさと文化財とは

2012年03月29日 17:49

今日の天気は晴れ。
五鹿屋のイロハカエデ、荒高屋の恵比須社、大嶋家の大杉をみながら庄川町に入り、金屋石採掘跡をながめ、中筋往来の石仏群をまわった。
石仏群は、西国33ヶ所観音霊場にちなみ庄川町青島から中野、太田までの6kmにわたり建立されている。33番の観音様の近くには太田金比羅社の文学碑があるので、太田土地改園に立ち寄ってゴール!!
道中、農作業の準備なのかあちこちでスンバを燃やしながらお話中の方を何人もお見かけした。石仏をみている途中は、地元の人が声をかけて下さったり、「ゆめつづりはどこですか?」とか「川金はどこですか?」と車を止めて道を尋ねる人がいたり…。
雪がとけて地面や木々は、じきに新芽の緑色で鮮やかになりますが、土色がむき出しでその上にスンバが落ちているこの短い期間の風景は案外砺波らしい気がした。




  • 思ったこと

2012年03月22日 14:18



■佐藤翁碑・砺波市東開発

砺波市東開発の佐藤邸前には郷土が生んだ事業家、佐藤助九郎を讃えた石碑があります。石材は岩手県釜石産、題額は大谷尊由、撰文は島地黙雷、書は日下部鳴鶴と当時活躍した人々によって建碑されています。

助九郎の人物像は、生来腕力があり、(これを膂力というそうですが…)舟棹さして急流を乗り切ることが得意で、どこかの川が氾濫を起こすと舟を操って人命救助に尽力したそうです。庄川の洪水に苦しんだ地域で生まれ育った経験から、水に対する恐ろしさは身をもって知っており、同時に治水工事のノウハウが自然と培われたといいます。
時は藩政時代、加賀藩領内には大野川、手取川、庄川、常願寺川、黒部川、大聖寺川など大きな河川があり、洪水で決壊すれば被害も大きかった時代でした。
文久2年、16歳で独立し佐藤組を興しました。
初仕事は富山藩から下命された常願寺川の治水工事でした。その後、明治24年、常願寺川の大洪水に際して、これまでの工事では対処できず国に陳情し、デ・レイケ氏(オランダ人技師)を入れ大改修し堤防工事を請け負いました。
北陸各河川改修からやがて鉄道工事へと事業も拡大し、国内初の鉄道である東海道線の沼津・富士間工事を、つづいて北陸線・中越線(城端線)、中央線、山陰線敷設工事に参加し、佐藤工業という全国的にも有名な大手土木業者に成長を遂げました。
助九郎に寄せられる人望は、事業家として卓越していただけではなく報恩の心を持った人間性によるところが大きかったといわれています。富山県は真宗王国といわれますが、助九郎も人一倍信仰心が厚く、私欲を捨てて寺社の建築や各地の川に橋を架け、地域社会に報いることに徹しました。


  • 史跡

2012年02月27日 17:24



2月も終わり。
ここ2ヶ月ほど、日々の業務の他に郷土料理の仕事に携わりました。
1月11日郷土料理の調理見学に始まり、13日、25日、2月18、19日は『よごし』グランプリ、25日のいいねカフェ郷土料理教室などなど、その間に知り合った人はウン0人。
期間中、いろんな人との出会いは新鮮で、またその中には同じ目標に向って進んでいる人と時間を共有できる喜びもあって、何か多くのものを得た気がします。
これらは今後一つの形としても生まれるようで…。
そう!言い換えると、となみの郷土料理は来月出産予定なのです。
これまでお腹の中で順調に育ち、健康そのもので臨月を迎えるのです。
「早く顔がみたいな〜。」と思いますがもうちょっと我慢。
その日が来るまで心待ちにしてて下さいね♪








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  • 思ったこと

2012年02月22日 13:52

2月18日土曜日、野武士の太子講が行われました。
毎年2月21、22日(準備は20日から)で行われたこの行事は、最近では21日前後の土、日どちらかで、場所も各家での宿から公民館(安川農業構造改善センター)へと数年前から変更され行われています。

当日は朝7時頃、普段御堂に安置されている“お太子さん”は車に乗せられ、近くの公民館に移されます。用意された飾台の上に置かれ、両脇に紅白の餅や御酒などお供え物が置かれます。そして午前、午後1回ずつお経をあげ、夕方になるとまた車で御堂にお帰りになるそうです。

昔は太子講になると毎年宿になったお宅に移され、座敷に軸を掛け、飾台に置かれ、お経をあげ、家族はもちろん、親戚、集落、地区の人達が大勢お参りされたそうです。
もともと太子堂建立は、子どもも「本願に歩いた」と言われるように、近隣の郷を勧進して歩いたそうです。不況が続いたこの頃、悲願の“お太子さん”の存在は、生活の拠りどころであったのでしょう。宿が廻ってくる家では準備に怠りがないように、その時期に合わせて屋根をなおしたり、畳替えをしたり、部屋を改築したり、これを機会に、と家を建て替えたと聞きました。
これらの行動は“お太子さん”への感謝の気持ちと厚い信仰心からなのでしょうか。
少し形態は変わりましたが、今も約25軒でその意思が受け継がれています。

ふるさと文化財安川野武士の太子堂


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