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2011年11月16日  16:59

宮森廃寺跡



■宮森廃寺跡・砺波市宮森

水田の圃場整備工事の際、宮森地内で15世紀前後の銅製仏具や珠洲陶、須恵器などが発見されました。限られた場所からの出土品は、独鈷杵(どっこしょ)、金剛盤(こんごうばん)、灑水器(しゃすいき)、塗香器(ずこうき)、閼伽桶(あかおけ)、提子(ひさげ)の6器種、9点を数える。これらはいずれも密教の法具で、その基本形式を踏襲しています。
周辺に残る小堂・大門・観音田・寺屋敷などの小地名とも合わせ、近くに廃寺があったものと推定されています。

密教について
 密教は奥深い教えで、はげしい修行をしたものでないと理解できないところから、秘密教ともいわれました。これに対して一般の仏教は顕教(聞く人の能力に応じて、わかるように説いた教え)と呼ばれました。
 密教はインドに起こりましたが、日本には空海が唐から持ち帰り、再編成して真言宗をひらきました。(これを東密といいます。)また、最澄やその弟子の円仁、円珍らも空海や唐から密教の思想を学び、天台宗の中に組み入れました。(これを台密といいます。)
 密教では曼荼羅をかけ、檀を築いて呪文をとなえ、護摩をたいて、病気の全快や、官位が上ることを祈る加持祈祷が行われました。そのおごそかな儀式が現世利益(仏の力により、この世で幸せになること)をもとめる当時の貴族たちに支持され繁栄しました。


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