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2011年07月28日  10:52

上水道記念碑



■上水道記念碑・砺波市広上町

碑文は県立砺波中学校長吉波彦作氏、書は出町高等小学校長岡田直軌氏である。題字は 出町ゆかりの大阪商船株式会社社長堀啓次郎氏揮毛によるもの。
石は仙台石で手彫りの記念碑であったが、平成16年にけやき公園を整備中に破損したので、現在は補修して横に寝かせ保護されている。

北陸三県で最も早く敷設されたと言われているが、ここでちょっと歴史を振り返ってみよう。

出町の上水道の歴史
大正 2年(1913)水道敷設に向け着手
大正 7年(1918)工事費総額7万円で申請
大正 8年(1919)敷設を認可される
大正 9年(1920)施工準備、規模を拡張して11万1千円に変更
大正10年(1921)工事開始
大正11年(1922)更に5千円追加  合計11万6千円
大正12年(1923)水を通す
大正13年(1924)竣工

出町は元来地盤の関係上地下水が遠いので大部分が河水を以って飲料水にあてていた。従って井戸も公署関係か公衆用のものであった。(『出町のあゆみ』出町史刊行委員会発行より)

生活用水が河水ってことは、晴れた日はまだしも天気が悪いと泥水あるいは砂混じりの水を使っていたことになりますよね。残念ながら井戸水を掘るにも相当深く掘らなければならない出町では、疫病で死者が多数あったと石碑に記されてありました。工事も難航しいろいろ変化がありましたが、住民の安全を考えると優先事業であったことがよくわかります。
当初予算よりも大幅に増額されて完成した悲願の上水道敷設にはこんな歴史があったのですね。


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