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2012年03月22日  14:18

佐藤翁碑



■佐藤翁碑・砺波市東開発

砺波市東開発の佐藤邸前には郷土が生んだ事業家、佐藤助九郎を讃えた石碑があります。石材は岩手県釜石産、題額は大谷尊由、撰文は島地黙雷、書は日下部鳴鶴と当時活躍した人々によって建碑されています。

助九郎の人物像は、生来腕力があり、(これを膂力というそうですが…)舟棹さして急流を乗り切ることが得意で、どこかの川が氾濫を起こすと舟を操って人命救助に尽力したそうです。庄川の洪水に苦しんだ地域で生まれ育った経験から、水に対する恐ろしさは身をもって知っており、同時に治水工事のノウハウが自然と培われたといいます。
時は藩政時代、加賀藩領内には大野川、手取川、庄川、常願寺川、黒部川、大聖寺川など大きな河川があり、洪水で決壊すれば被害も大きかった時代でした。
文久2年、16歳で独立し佐藤組を興しました。
初仕事は富山藩から下命された常願寺川の治水工事でした。その後、明治24年、常願寺川の大洪水に際して、これまでの工事では対処できず国に陳情し、デ・レイケ氏(オランダ人技師)を入れ大改修し堤防工事を請け負いました。
北陸各河川改修からやがて鉄道工事へと事業も拡大し、国内初の鉄道である東海道線の沼津・富士間工事を、つづいて北陸線・中越線(城端線)、中央線、山陰線敷設工事に参加し、佐藤工業という全国的にも有名な大手土木業者に成長を遂げました。
助九郎に寄せられる人望は、事業家として卓越していただけではなく報恩の心を持った人間性によるところが大きかったといわれています。富山県は真宗王国といわれますが、助九郎も人一倍信仰心が厚く、私欲を捨てて寺社の建築や各地の川に橋を架け、地域社会に報いることに徹しました。


  • 史跡