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Team1073

Team1073(チームとなみ)は、富山県砺波(となみ)市を好きな仲間が、砺波の魅力を伝えていきます。まずは地域おこし協力隊が、外から来た目線で感じたままに伝えていきます。「砺波を知らないけど興味を持った」「昔住んでいて懐かしい」等々で、砺波市に遊びに来たり、住んでみようかなと思ってもらえたら嬉しいです。何かありましたら、ご連絡を下さい。どうぞよろしくお願いします。
Facebook www.facebook.com/Team1073

2017年01月12日 16:32

野水@地域おこし協力隊1号です。

別のところにも書きましたが、私の一番好きだった俳優の根津甚八氏が昨年末、他界されました。根津甚八は、唐十郎が名付けた芸名ですが、真田十勇士の一人の名です。昨年は「真田丸」ブームで「真田十勇士」を描いた映画も公開されました。その年に亡くなったというのも因縁でしょうか。

さて、私名物の歴史話の本年第1弾です。
先日1/10に、滋賀県大津市の石山寺へ行きました。元々瀬田の唐橋のところに用事があったのですが、そこから歩いて行ける距離でした。瀬田の唐橋は、俵藤太(藤原秀郷)の大ムカデ退治伝説の舞台で、行きたかった場所でした。秀郷の末裔を称する武将は東国に多く、元々大変興味がありました。
瀬田川沿いに歩いて、石山寺へ行きました。実は、正月に実家に帰った際、弟からこの石山寺のお守りをもらっていたのです。昨年は石山寺の本尊の33年に1度の御開扉の年で、それを見に行って来てたのでした。正月早々シンクロしました。
石山寺は、本堂と多宝塔が国宝で、紫式部が「源氏物語」の構想を練ったところという伝承で有名です。また、本堂が天然記念物の硅灰石の巨大な岩盤の上に建っているパワースポットです。宗旨は真言宗ですが、開基は東大寺の良弁、そして、なんと本堂下の御堂は蓮如堂です。なんでも蓮如上人の母が、石山観音の化身だと言われていたからだそうです。ここで蓮如さんに会うとは。ここでもシンクロしました。他にもこの寺は、弘文天皇の若宮はあるは、淀殿が修繕してるは、松尾芭蕉も来てるは、果ては明治期に島崎藤村も2ヶ月滞在してたところだったのです。まさにオールスター勢揃いで腹いっぱい。

紫式部の貴重な三筆の図像を鑑賞し、宿泊先に予約していた近江舞子駅そばのペンションへ向かいました。湖岸道路を走っていたら、大津市中心部のパルコの前で「義仲寺」の看板を見つけました。そう言えば、義仲寺(ぎちゅうじ)は大津だったなと思い出しました。義仲寺は、その名の通り、富山県の大有名武将の木曾義仲の菩提寺です。そして松尾芭蕉の墓所でもあります。ここでまたまた知らずにシンクロしてしまいました。生憎、16時過ぎのため、拝観はできませんでしたが、市の中心にあったことが一番の驚きでした。しかし、旧街道沿いにあるこの寺の周りが、後に中心市街地化したのでした。ここから近くには、義仲四天王の今井兼平の墓もありました。次回、ゆっくりと訪ねてみたいと思います。
宿泊したペンションは、平成8年に自力で1200mも掘削して温泉を掘り当てたところで、「比良招福温泉」と言います。38度の重曹泉で、色が変わる面白い湯でした。滋賀県では最も新しい温泉の1つで、泉質も抜群で、美人の湯の名の通り、3歳は若返りました。

朝のニュースで、青森から北陸で大雪になっていると言ってたので、覚悟してたのにそこからの帰途、琵琶湖の北の奥琵琶湖で積雪がありましたが、敦賀市に入った途端に雪が全くなくなり、拍子抜けしました。雪のない砺波に無事帰って来ましたが、びっくりするほどシンクロ体験の多い旅となりました。
PS.この投稿を書いていたら、空き家バンクの問い合わせがありました。なんと、その人は大津市の人でした。シンクロは、まだ続いているようです。





  • 砺波市外

2016年11月20日 15:54

ご無沙汰しておりました、地域おこし協力隊1号の野水です。

先日、富山市細入の猪谷関所館に特別企画展『祈りを彫る円空』展を見に行きました。突然の訪問にも関わらず、林館長が丁寧に長時間説明してくださいました。
細入の円空仏24体(館所蔵の8体を含む)が7年振りに一堂に会したそうで、(しかも7年前は全部ではなかったそう)そこに岐阜県から借りた2体もプラスされ、計26体もの円空仏が勢揃いしていました。円空仏ファンの私としては、まさに垂涎の企画展でした。図録が作られてなかったのが残念でした。

円空は、江戸初期に岐阜県で生まれ、全国を行脚し、また富士山・白山・穂高岳・乗鞍岳等を登拝登山し、行った先々で円空仏と言われる一木造りの簡素で微笑を浮かべた仏像を残しています。その数なんと生涯で12万体とも言われ、現在全国に約5000体が現存しているとされ、その分布も北海道から近畿にまで及んでいます。その内、富山県には30体見つかっており、内24体が細入の猪谷・蟹寺・庵谷・加賀沢の寺社や民家で見つかったそうです。立山登山の際に滞在した時のものではと言われているそうです。
今回の展示品は、全て小ぶりなものでしたが、一番大きなものは2メートルを超えるものもあり、また砺波市の姉妹友好都市である北海道むかわ町でも「鵡川大漁地蔵尊」と名付けられた円空仏が存在します。「鑑定団」のテレビ番組でも度々登場し、中には2〜300万円の評価額が出たものもあります。

円空仏の大規模な展覧会が、2013年に東京国立博物館で開催され、2015年に福島県立美術館で巡回開催されました。その時のチラシを添付します。その時には、飛騨千光寺所蔵のものを中心に岐阜県高山市所在の約100体もの円空仏が出品されたそうです。
飛騨千光寺は、真言宗の古刹で「飛騨の高野山」と呼ばれています。ここの「円空仏寺宝館」には64体もの円空仏が保存されています。まだ行ったことはありませんが、11月末迄しか開館してないそうです。
ここ砺波市にも、同名の同じく真言宗の千光寺があります。先月開催した移住体験ツアーの際に、土蔵の会の尾田理事長の案内で中を拝観させていただきました。大変立派なお寺でした。もしかしたら、同じ名前、宗旨も一緒ということで、探せば円空仏が見つかるかもしれませんね。

猪谷関所館は、江戸時代の関所のミュージアムということで、当時の説明を興味深く見て来ました。中でも、神通川の渡しのかごは五箇山で見たものとよく似ていました。また、近くの神社には素戔嗚尊を祀ったところが多く、野仏と共に興味をそそられました。
帰りに立ち寄った「楽今日館」の温泉の泉質がツルツルしてて、大変気持ち良かったです。館名の由来は聞きませんでしたが、細入名物の「らっきょう」から来ているのだなと思いました。



  • 砺波市外

2016年10月29日 18:07

ご無沙汰しております。野水@地域おこし協力隊1号です。

10/22に東京国際フォーラムで行われた「ふるさと回帰フェア2016」に参加して来ました。市役所のTさんの頑張りで、かなり多くの方と面談できました。中でも嬉しかったのが、先月開催した当市の移住体験ツアーに参加された方がわざわざ顔を見せてくださったことです。こんなに早く再会できました。知り合えた皆様とは、これからも末永くお付き合いさせていただければと思います。

さて、先日、南砺市の緑の里講座で金沢に行って来ました。福光から出発して、すぐに金沢市二俣町の「松扉山 本泉寺」に到着です。福光からこんなにも近くに、浄土真宗の名刹があったとは知りませんでした。それもそのはず、ここの街道は金沢と越中砺波を結ぶ最短路で、江戸時代は参勤交代も通っていたし、当然昔からお坊さん達もよく通っていたわけです。それで、ここの本泉寺は「二俣のれんにょさん」と言われる蓮如上人ゆかりの寺だったのです。ゆかりもゆかり、蓮如上人が3年も滞在し、作庭した「九山八海の庭園」や上人の御衣、数珠に、なんとご遺骨まであるまさに蓮如上人の寺だったのです。
開基は、元々井波瑞泉寺の開祖 綽如上人が井波に向かう途中に憩った草庵の故地に、その後蓮如の叔父の如乗法印によって開創されたそうです。本泉寺の名も瑞泉寺に由来するそうで、山号の「松扉(しょうひ)」も、松風が寺の戸を叩いた音に由来するそうです。現住職も松扉さんという姓みたいです。
この如乗は井波瑞泉寺の第2世でもありますが、蓮如のたった3歳上の叔父で、歳が近く親密だったのか、後に蓮如43歳の時、父本願寺第7世存如死去に際してただ一人後継に蓮如を推して譲らず、結果蓮如の第8世就任が実現したのだといいます。
その如乗亡き後、本泉寺は蓮如の子の蓮乗が継ぎましたが、この蓮乗がまた面白い人で、室町幕府6代将軍足利義教がまだ義円と呼ばれ、青蓮院の門主だった時に義円と張り合って反抗したそうで、まさかその後義円が還俗して将軍になろうとは想像もしてなかった蓮乗は、その後義円に追われる身となり、各地を流浪した末に瑞泉寺に逃れて如乗の娘婿になったそうです。
その後、本泉寺は金沢若松に移り、翌年加賀守護富樫政親を破り本願寺門徒が勝利しました。この時有名な「百姓の持ちたる国のように成り行き候」と蓮如10男の実悟が記したといいます。この寺には、他にも文化財指定の三角形の屋根を持つ手水舎や山門もあり、また、本堂の欄間彫刻は大正期の井波彫刻の大家 初代横山白汀の作で、また蓮如上人木像は蓮如手植えのさわら(ひば?)を福光の砂田清定氏が彫ったそうです。本当にお宝だらけの寺でした。
その後、バスは「国史跡辰巳用水附 土清水煙硝蔵跡」に向かいました。ここは金沢藩の黒色火薬の製造施設があった場所で、五箇山で作られた煙硝がまさにここで火薬に成っていたのでした。菅沼の煙硝の館に行った時、ここからどこに運ばれたのかと思ってましたが、ようやく謎が解けました。こうして疑問が解決し、新しい知識が得られるというのは素晴らしいです。菅沼では煙硝生産は幕府に隠していたと説明されましたが、解説してくれた金沢市の職員の話では、もちろん幕府公認ですよということでした。
その後も寺町の博物館にも行って、1日歴史を満喫して来ました。


  • 砺波市外

2016年08月26日 14:51

お久しぶりです。地域おこし協力隊1号野水です。

先日、県民カレッジにて立山博物館開館25周年記念企画展『立山✖地獄 展』第1部 閻魔の眼光 を見学して来ました。

立山博物館は、世界的な建築家の磯崎新氏の設計で、隣接する教算坊は、佐伯家の旧宅、またかつては宿坊だった建物で、立派な苔むした庭が見ものでした。

立山を開山した佐伯有頼(慈興上人)は伝説上の人物で、実在する越中国司佐伯宿祢有若の息子として伝承されています。有頼は、白鷹をお供に立山に登り、阿弥陀如来を感得したと言います。
博物館のある芦峅寺には、150軒ほどのうち、7割が佐伯姓、2割がお供の鷹に由来する志鷹姓だそうです。

さて、芦峅寺は無本山天台宗ですが、天台宗の開祖は最澄。しかしながら佐伯氏から出たのが、ライバルの空海です。では、同じ佐伯氏なのに空海の真言宗でないのはなぜか?と、昨年南砺市の市民大学で質問しました。その際講師の方が、空海同族の佐伯氏とは別系という説と、同族ながらも後に天台宗になったという両説あるとのことでした。ロマンですね。

閻魔堂まで歩き、布橋を渡って、あの世からこの世に帰って来ました。半日どっぷりと地獄に浸りました。

また、先日、FMとなみに出演させていただきまして、収録して来ました。私の地域おこし協力隊としての諸々を語って来ました。「お茶の間トーク」というコーナーで、今後放送されるそうです。

もう1つ。南砺市の「なんと市民学遊塾」の後期講座にて、なんとなんと講師を務めさせていただくことになりました。講座名は『天災を知る・備える』「気象庁」のしごとABC というものです。これから募集が始まりますので、関心のある方は是非会場でお会いしましょう。初めての講師、精一杯務めさせていただきます。


  • 砺波市外