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増山城解説ボランティア 曲輪の会

増山城解説ボランティア養成講座の修了生を中心としたお城好きのグループです。国指定史跡「増山城跡」のガイド活動をはじめ、増山城跡でのイベントや定期的に各地のお城を訪れる「城攻め」などを行って楽しんでいます。文化庁の市民から文化力プロジェクトに参加しています。
メール kuruwano@gmail.com
ホームページURL http://blog.city.tonami.toyama.jp/group/kuruwa/
設立日 2010(平成22)年10月
会員数 38名
増山城戦国Tシャツ http://blog.city.tonami.toyama.jp/group/kuruwa/detail.jsp?id=1463
市民から文化力 http://www.bunkaryoku.bunka.go.jp/cgi-bin/shimin/detail.php?id=127
主な活動 2015.10.25 全国山城サミットin米原に出陣
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2018年07月25日 16:00

 5月23日(土)土の城造りでは、教科書的な山城と評価の高い滝山城跡を探訪してきました。まず大手道から進みますと、左右は一段高い曲輪の中を進むようになっており、横矢がかかるように造られ、それを過ぎると大きな空堀と切岸があり、それらの上には土塁に囲まれた曲輪があり、通路も鍵形に曲がり横からも後ろからも、横矢、鉄砲などで攻撃できるように造られ、攻める側は左右、後から常時狙われているような恐怖を感じました。曲輪の位置も巧妙に縄張りされ、攻める側が迷い込むように造られ退去する時に桝形虎口が非常に曲り狭く造られているため、守る側は退去で大混乱する敵をその場所で大打撃を与えるように縄張りされ、よく考えて造ってあると感心させられるばかりでした。

 この城主は北条氏照ですが、名将の誉れ高い北条氏三代目の当主北条氏康の次男ですが、戦上手な勇将として知られ、戦国時代きってのかの有名な武田信玄の攻撃からも、城を守りきった「知勇兼備」な武将と評価されています。私たちも本曲輪まで見学し、各曲輪、土塁、桝形虎口、空堀、切岸や、いざと言う時に引込みできる橋など、守る側として考えられる万策を見せてくれる滝山城に非常に感動しました。

 そして、小田原城観光案内所館長先生がおっしゃった「土造りの城は石垣の城に優るとも劣らない」ではなく、むしろそれ以上だと言われた言葉がピタリだと滝山城跡を見て感じました。

 今回の関東の城攻めはどのお城も感心させられる城ばかりで、石垣の城で天守閣があるのがお城だとばかり言えないのではと実感できる城攻めでした。これを支援くださった砺波市、企画・お世話くださった皆様には感謝いたします。そして参加されたガイドの皆さん、たいへんお疲れ様でした。ありがとうございました。


滝山城


  • 城攻め

2018年07月23日 16:04

 今回、始めて県外研修に参加させていただき、ありがとうございました。
静岡県、神奈川県、東京都それぞれ代表的な山城を現地では、ボランティアや専門の学芸員の説明を受け大変参考になりました。これを今後の活動に活かしたいと思います。

 静岡県高天神城見学では、当地ボランティアの説明で、内容では少し物足りないようにも感じましたが、ガイドとして最も大切な一つである「時間」をしっかり守り、客の希望どおりの配分で終えていることでした。ガイドは、自分の言いたいことを言いすぎてしまい、時々オーバになることが多いのです。

 また、諏訪原城跡、小田原城跡、八王子城跡では、専門の学芸員から城跡の歴史的背景から城跡の構造物を詳しく解説いただきました。また、野原学芸員からは、それぞれの当地で我々の気づかない点について、質問や解説をいただきました。


 
 特に小田原城については、次のように感じました。
 私の住んでいる上市町は、古くから呼び名で砺波郡、射水郡と並んで新川郡と呼ばれていましたが、この新川郡に縁のある小田原城は私が出かけてみたい一つの城でした。それは、平安時代末期、相模国の豪族であった「土肥氏一族」が二手に分かれ、何故か現在の広島県の安芸と富山県の滑川近辺(建長年間1249〜1255・越中堀江荘)へ入ったと推定されています。20数年前、神奈川県の湯河原町の土肥一族のルーツを訪ねたことがあります。土肥氏ゆかりのお寺である「城願寺」を訪れました。新川郡では、約300年近く地方の豪族として君臨し、今も私の住んでいる滑川市、上市町、立山町などには、土肥性も多く一族の子孫とされる地元では「土肥さん」と呼ばれ、広大な山林を保有する土地所有者も上市にはいます。また、山城では、茗荷谷城、千石山城、そして、弓庄城、堀江城、郷田砦、西養寺砦など数多くの史跡があります。

 土肥一族は、小田原城での関係はないようですが、源頼朝との関わりなど相模の国での活躍した子孫が、異国の地へ移住してきた想いを感じるのでした。

 小田原城を解説しているボランティア組織がしっかりしており、ボランティア養成講座をみても、年間講座数は37回、受講料は、25,000円、小田原市以外からも多く受講しておりその人気の高さが窺えます。また、ジオパークガイドも兼ねており、地球学を学んでいます。受講終了後には、実技、ペーパーなど卒業試験を実施、卒業後フォローアップ研修を3年間実施しガイドスキルアップに努めています。
また、運営費を賄うため企画ガイドを12本、小田原市とは観光課など所管別に契約し運営を確保しています。

 いくつかのコンテンツもあるとのこと。特に二宮金次郎は小田原出身ということで話題が尽きないようです。

 小田原城の城内見学では、建物は創建時のものではないものの、案内いただいた諏訪間小田原城館長からは、馬出門、銅門、常磐木門などの工事にそれぞれ数億円をかけて復元、材質は台湾ヒノキや標高の高いところで育ったラオス材を使用、石垣と柱の接触点は、石垣の凸凹に合わせて作ってあるとのことです。天守閣では、北条氏5代100年の歴史を中心に紹介している。

 また、城内の見学の後、小田原城の総構9キロの一部を約1時間半曲輪や堀切など城創建時の様子を見学説明を受け、見たことのない大きさや規模に圧倒されました。戦国時代の力を見せつけられました。

志村




小田原城にて


  • 城攻め

2018年07月17日 21:01

 7月28日(土) 砺波市埋蔵文化財センター しるし では小学生の親子を対象に「オープンデー2018」が開催されます。 詳しくは下記チラシで
 


 今年は民具デーを同時開催

 昨年は550名以上の親子が訪れ、大変な盛況でした。今年はそれ以上の参加を期待しています。

 
曲輪の会メンバーも協力しています。

 
              
本保澄雄


  下記 投稿は投稿後1年以上経過のため削除しました。
    2017.6.27 小学生が増山城へやってきた
    2017.6.11 増山城跡 19年から整備
    2017.6.20 ふるさと砺波探訪事業第3弾
    2017.6.29 砺波東部小児童が増山城を探訪


  • イベント

2018年07月03日 17:23

 県下各地で猛暑日が続く中、本日(7月3日)砺波南部小学校児童46名が増山城を探訪。
 探訪時間は約2時間とたっぷり。「ふるさととなみ探訪事業」では普段あまりガイドできない《馬洗い池》もガイドできた。十分に増山城を味わってもらえたものと思われる。ガイドは、志部谷、高木、長久、本保の4人。



さあ 今から増山城攻め。先生の注意をよく聞いて



         狭い道では順番待ち 



          《馬之背ゴ》 こんな崖絶対に登れないね



         本保がガイドした第4グループの皆さん
      
                  
       
本保澄雄


  • ガイドレポート

2018年06月27日 11:09

国指定史跡、山中城跡(標高約580m)の城攻め
・場所:静岡県三島市山中新田

概要
 ・障子堀、畝堀など北条流築城術を集めた山城
 ・100名城
 ・小田原城の西の防衛の支城
 ・東海道を取り込んだ城
 ・築城は3代北条氏康(永禄年代1558〜1570)
 ・改修は4代北条氏政
 ・西櫓、西ノ丸の増築(天正17年(1579)頃
 ・落城、廃城は天正18年(1580)

感想
 22日(火)晴:研修3日間の中日の城攻めは山中城跡から始まりました。この城跡の特徴は障子掘と畝堀、デザインの美しさを併せ持つ遺構でした。一度NHKのテレビ番組の中でみたことがあったのですが、今回訪ねて見て凄い堀の工作に驚き、よく整備され手入れされている曲輪、遺構、その背景に山頂の谷筋に少しばかり残雪を戴いた富士山との調和された景色がありました。とっても激戦があったとは思えない程の素晴らしく美しい環境にある山城でした。
 
 西ノ丸の縁まで登って来ると突然眼前に現れたのが畝堀、それが西櫓方向は延びており、さらに西櫓との接点に来ると西ノ丸と西櫓の間を仕切っている障子堀がありました。畝堀は底部を横に間隔を置いて仕切られています。一見私は、良く伸びて縦割りにしたタケノコの本体が堀で、その節が畝の仕切りみたいだなあとイメージしてしまいました。

 障子堀は畝堀より幅が広く底部は水田の棚田のような仕切りの畝がありました。これじゃ、大雨が降ったら水が溜まって大変だろうね、ここらはローム層のようだからぬかるんで、入り込んでしまったら脱出は困難。今見ているこれらの遺構は美しい土の芸術作品のように見えるが凄い遺構でした。説明板によると畝の高さ2m程、側面の斜面の高さは9m程、また、この2つの曲輪をササラ状に囲む畝堀と2つの曲輪の堺の障子堀の写真がありました。これが北条流築城の術で凄い防備施設なのだとまじまじと巧妙な縄張りに感動しました。
 
 この2曲輪では遺構を妨げないように、斜面にはツツジなど目障りにならない程度に植樹し、1本1本丁寧に丸刈りしてあり、堀などは芝を植えて崩壊しないよう保護がしてありました。手入れがとても行き届いた管理がしてありました。
 

 今回は関東地方の城跡を多く研修させていただきました。それぞれの持つ独特の築城の技術、自然地形を生かしながらの縄張りの術、技法や歴史など、幅広く研修させて頂きました。山中城跡と滝山城跡以外では教育委員会、文化財課やボランティアガイドの方に案内を頂きました。皆さまは史跡、文化財などに対してとても熱く郷土愛に燃えておられ、親切丁寧な説明を頂きました。

 私にとりましてはボランティアガイドとして見習うべき所が多々あり、自己研修の必要性を強く実感させられてきました。本当に良い機会を与えて頂きまして、感謝申しあげます。


  • 城攻め