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増山城解説ボランティア 曲輪の会

増山城解説ボランティア養成講座の修了生を中心としたお城好きのグループです。国指定史跡「増山城跡」のガイド活動をはじめ、増山城跡でのイベントや定期的に各地のお城を訪れる「城攻め」などを行って楽しんでいます。文化庁の市民から文化力プロジェクトに参加しています。
メール kuruwano@gmail.com
ホームページURL http://blog.city.tonami.toyama.jp/group/kuruwa/
設立日 2010(平成22)年10月
会員数 38名
増山城戦国Tシャツ http://blog.city.tonami.toyama.jp/group/kuruwa/detail.jsp?id=1463
市民から文化力 http://www.bunkaryoku.bunka.go.jp/cgi-bin/shimin/detail.php?id=127
主な活動 2015.10.25 全国山城サミットin米原に出陣
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2018年06月21日 14:10

 6月21日 富山県公文書館で「増山城の縄張りを紐解く」と題し砺波市教育委員会生涯学習・スポーツ課主査(学芸員) 野原大輔氏の講座があった。
 この講座は富山県公文書館が主催する「平成30年度富山県公文書館歴史講座」の第4講として開催されたもの。同講座受講生として、また「曲輪の会会員」として絶対聞き逃せない講座。

 講座概要

  1.城をめぐる動き
  2.歴史を読み解く
  3.縄張りを読み解く
  4.まとめ


講座中の野原大輔氏。



戦国祭りの画像 活躍中の曲輪の会会員が映っている。
 
立体画像見る遊歩道堀切(指棒の下の方)



平面図で見る堀切 上の画像と比較すると面白い。

  
本保澄雄


  • 基本情報

2018年06月12日 20:48

本日(6/12) 砺波東部小学校6年生の児童103名が「ふるさと『となみ』探訪事業」として増山城跡を探訪。 市内一のマンモス校とあってガイドも6名で対応。児童たちは長袖長ズボン姿で事故対策もバッチリ。熱心にメモを取ったり、するどい質問があったりで増山城に対する熱意が感じられた。

大勢の児童に圧倒されそう

馬之背ゴ・土塁上から増山湖を見下ろす。すごい崖。こわい!

次の場所へ移動。道は狭いですね。


増山城跡探索無事終了。砺波の宝増山城跡のことよくわかったね。

本日のガイド おつかれさまでした。


本保澄雄


  • ガイドレポート

2018年06月07日 08:37

 「ふるさと『となみ』探訪事業」が始まった。6〜10月にかけて砺波市内8校約450人の児童が増山城跡を訪れる。城攻め、熱中症対策として水分補給は不可欠。いったいどれくらいの水分補給が必要なのだろうか?
 その日の天気や体調にもよるが、一つの目安として

 登山中の脱水量
  《体重×歩行時間×5(ml)》であらわされる。
脱水量の全てを補給する必要がある。

  放送大学印刷教材『身体福祉論 −身体運動と健康ー』  宮下充正、臼井永男 編

 例。体重45sの児童 1時間の城攻め
  45s×1×5㎖=225㎖
  (200〜250㎖の水分補給が必要)

 城攻めは登山ではないが平地でもないのでこの式が参考になるのではないだろうか?

この場合エネルギー消費量
  体重×歩行時間×5(kcal)で計算できる
 但し水分の補給と違って体内の脂肪が使われるのでエネルギー消費量の30〜70%の補給が必要。
   (同上書)
 (すみません。今日は理屈っぽくなってしまいました。)
 

 
昨年のふるさと「となみ」探訪事業 から

  
    
本保澄雄


 


  • 未分類

2018年06月06日 18:35

 砺波市内の小学6年生が古里への誇りと愛着を持つ「ふるさと『となみ』探訪事業」が5日から始まった。児童は市内の名所や旧跡を見学、砺波の魅力を内外に発信する。もちろん国史跡「増山城跡」の探訪も含まれる。




昨年のふるさと「となみ」探訪事業

本保澄雄


  • ガイドレポート

2018年06月03日 11:48

 直木賞作家で歴史小説『下天は夢か』で知られる津本陽さんが5月26日亡くなられた。(89歳)
 早速、津本陽さんの小説 『のるかそるか』 から引用、
「また彼(前田利家)は算勘にも明るかった。兵員の給与、金、銀、米穀等の算用に、器用に算盤(そろばん)を用いた。
 幅三寸、長さ六寸ほどの算盤を、常に具足櫃に納めていたといわれる。」


前田利家の算盤
 最近まで、現存する日本最古の算盤とされていた。1592年(文禄元年) 利家が肥前名護屋の陣中で使用した算盤と言われている。(算盤現物は東京・目黒区 尊経閣に保存されている)

 最近(2014年〜)では黒田藩家臣が秀吉から拝領した算盤の方が古いと言われている。
             
本保澄雄


  • 未分類