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増山城解説ボランティア 曲輪の会

増山城解説ボランティア養成講座の修了生を中心としたお城好きのグループです。国指定史跡「増山城跡」のガイド活動をはじめ、増山城跡でのイベントや定期的に各地のお城を訪れる「城攻め」などを行って楽しんでいます。文化庁の市民から文化力プロジェクトに参加しています。
メール kuruwano@gmail.com
ホームページURL http://blog.city.tonami.toyama.jp/group/kuruwa/
設立日 2010(平成22)年10月
会員数 38名
増山城戦国Tシャツ http://blog.city.tonami.toyama.jp/group/kuruwa/detail.jsp?id=1463
市民から文化力 http://www.bunkaryoku.bunka.go.jp/cgi-bin/shimin/detail.php?id=127
主な活動 2015.10.25 全国山城サミットin米原に出陣
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2018年07月28日 21:31

 

砺波市埋蔵文化財センター

「第4回 オープンデー」 7月28日(土)(1) 

  
曲輪の会 26名が協力




  たくさんの子どもが来館



火起こし
火起こしの名人 お城や歴史の知識もバッチリ。末は博士か大臣か



 
 城郭パズル
こちらはお城博士 曲輪の会のジュニア部門を作りたい。

 

  
弓矢体験
 昔は弓は左手に持った。(このため左手を弓手(ゆんで)右手を馬手(めて)とも言った。現代はどちらでも都合の良い方の手で。

本保澄雄

 


  • イベント

2018年7月27日 16:00

スキルアップ研修に参加して

 今回の研修で、山城の立地場所 川や道路・峰等の地形を考慮しながら築城者の考え方や思いが巧みに城作りの基本になっていることが再認識できた。戦いによって城主が変わり、何回か改修・改築されたり拡大された跡が残っている現況を見ると、山城として集大成された形が現在に残っているのがわかる。特に畝堀や初めて見た障子堀を巧みに組み合わせた空堀、形と深さ、大きさを地形に合わせて考えて作られ土塁や土橋等を組み合わせている。

 小田原城ではガイドの育成に力を入れておられ、組織(形)やガイド(姿)さんに見習うことがあると思った。ガイドの養成期間は3年で、試験が(50点以上で合格)あり、育成期間(見習い)が2年を終えて独り立ちになるとのこと。会長さん始め役員の方々、各班のリーダーは熱意を持ってチームワークを大切にしながら、班別(各班に5・6名の休職者あり)に担当されていて現在93名の方が四班に分かれて活動されている。一日4〜5名が月平均5回程活動されている。会員は小田原市内を含め近郊の市町の方もおられました。天候も良く楽しく研修できたことを、これからの活動の中で生かしていきたいと思っている。

 終わりになりましたが、準備やお手配、お世話を頂いた方々に感謝・御礼を申し上げます。有難うございました。

2018(平成30)6月   長久 義樹




2018(平成30)年 第一回スキルアップ研修記録


5月21日(月)砺波7:23〜11:38昼食12:10〜19:08ホテル
○高天神城跡 静岡県掛川市 山城  13:00〜14:20
 中小の川を天然の堀として、尾根は三方が断崖絶壁で一方が尾根続きの天然の要害を利用して難攻不落の城といわれ、武田が守っていたが家康が近くに横須賀城と六つの砦を築き孤立無援にして落城。

○掛川城 静岡県掛川市 平山城  14:50〜15:05
 平成6年に木造で三重の天守と櫓を再建された天守閣を見学。全国で四ヶ所しか残っていない貴重な城郭御殿が二の丸にあり、公的式場の場・公邸・役所として三機能を備えている。


○諏訪原城跡 静岡県島田市 山城  15:27〜17:21
 遺構は良好に残り武田が築城、徳川が大規模な修築し大きな空堀や丸馬出が残り大井川や断崖絶壁を利用していいるのが特徴。

5月22日(火)ホテル8:05〜12:28昼食13:17〜19:00ホテル
○山中城跡 静岡県三島市 山城  8:40〜9:43
 北条流築城技術で本城小田原城を守る国境の要として、極めて深い急峻な地形を巧みに取り入れて畝堀、障子堀と呼ばれる空堀が多く、橋、門、土塁、棚、土橋も多く畝堀と障子堀の絶妙な配置が特徴、霊峰富士山や駿河湾を一望する絶景は見事。

○石垣山一夜城跡 神奈川県小田原市 山城  11:23〜12:26
 豊臣秀吉が小田原城包囲の為に1590(天正18)年に総石垣で野面積の城を築城。特に井戸曲輪の高石垣や算木積の石垣は現在も残っている。

○小田原城 神奈川県小田原市 平山城  10:30〜11:00(ガイドについて)
                    13:22〜15:50(城内見学)
                    16:00〜17:12(城跡見学)
 城門や天守閣等が復興され、年間100万人以上の来城者がある。
 ・天守閣 現在の閣は1960(昭和35)年に復興された五階建て常設展示室3・企画展示室4と展望デッキ。
 ・常盤木門 1971(昭和46)年に復元。
 ・銅門 1997(平成9)年に復元。本丸に通じる大手筋にある枡形門。
 ・馬出門 2009(平成21年)に復元。二の丸正面にあり、馬出門と内冠木門の二つの門を配置した構造になっている。
 ・小田原城跡 1417(応永24)年、戦功で大森氏が小田原周辺の領地を得、1498(明応7)年、伊勢宗瑞(北条早雲)が小田原城を築き二代氏綱が本城として拡大し、上杉、武田軍を撃退した難攻不落の聖城。現在も残る総構は豊臣秀吉の侵略に備えて大改修。全長9kmの土塁・空堀等で囲んでいて、三つの大きな空堀や土塁が広範囲に現在も残っている。


5月23日(水) ホテル7:58〜12:30昼食13:18〜20:57砺波
○浄福寺城跡 東京都八王子市 山城  8:27〜8:47
 山道を登り始めるが道が分からず途中で引き返す。返ってから調べてみると、豊臣秀吉
の侵略に備え急いで築かれた八王子城(北条氏)の支城。細い山道があるが未整備で難度
が高く移住性を考慮せず実践に徹した縄張りが特徴。。
○八王子城跡 東京都八王子市 山城 8:58〜12:00 
滝山城から拠点を移すために北条氏照により1582年頃に始まり、未完成であったが
1590年6月30日に前田利家、上杉景勝軍に攻められて落城。城郭は壮大で城下町の
根小屋地区城主 北条氏照の館等の居館地区。戦闘時に要宅となる要宅地区に分けられて
いる。曳橋から虎口、冠木門が再現されていて御主殿跡の建物の礎石や水路跡が整備され
ている。

○滝山城跡 東京都八王子市 平山城  13:26〜14:23
 縄張りの巧みさと遺構が残っていて二の丸防御に重点が置かれ、切岸、横堀、馬出し等
の堅固な防衛と山の神曲輪という民衆の避難所を備えていた城に、水や池は大切でありそ
れを利用して農民に耕作させて年貢を納めさせ、領主と農民(村人)は持ちつ持たれつの
関係があった。略奪、放火、拉致が当たり前の戦国時代に領主と農民の関係を深くして、
城は軍事的施設として高い防衛力を持つと共に農民の避難所として公的施設を兼ね、天然
の地形を生かして強固に守ることを考えた特長がある。

期 日 (平成30)2018:5:21〜23
研修先 静岡・神奈川・東京




諏訪原城 馬出しと二ノ丸の間の空堀


  • 城攻め

2018年07月25日 16:00

 5月23日(土)土の城造りでは、教科書的な山城と評価の高い滝山城跡を探訪してきました。まず大手道から進みますと、左右は一段高い曲輪の中を進むようになっており、横矢がかかるように造られ、それを過ぎると大きな空堀と切岸があり、それらの上には土塁に囲まれた曲輪があり、通路も鍵形に曲がり横からも後ろからも、横矢、鉄砲などで攻撃できるように造られ、攻める側は左右、後から常時狙われているような恐怖を感じました。曲輪の位置も巧妙に縄張りされ、攻める側が迷い込むように造られ退去する時に桝形虎口が非常に曲り狭く造られているため、守る側は退去で大混乱する敵をその場所で大打撃を与えるように縄張りされ、よく考えて造ってあると感心させられるばかりでした。

 この城主は北条氏照ですが、名将の誉れ高い北条氏三代目の当主北条氏康の次男ですが、戦上手な勇将として知られ、戦国時代きってのかの有名な武田信玄の攻撃からも、城を守りきった「知勇兼備」な武将と評価されています。私たちも本曲輪まで見学し、各曲輪、土塁、桝形虎口、空堀、切岸や、いざと言う時に引込みできる橋など、守る側として考えられる万策を見せてくれる滝山城に非常に感動しました。

 そして、小田原城観光案内所館長先生がおっしゃった「土造りの城は石垣の城に優るとも劣らない」ではなく、むしろそれ以上だと言われた言葉がピタリだと滝山城跡を見て感じました。

 今回の関東の城攻めはどのお城も感心させられる城ばかりで、石垣の城で天守閣があるのがお城だとばかり言えないのではと実感できる城攻めでした。これを支援くださった砺波市、企画・お世話くださった皆様には感謝いたします。そして参加されたガイドの皆さん、たいへんお疲れ様でした。ありがとうございました。


滝山城


  • 城攻め

2018年07月23日 16:04

 今回、始めて県外研修に参加させていただき、ありがとうございました。
静岡県、神奈川県、東京都それぞれ代表的な山城を現地では、ボランティアや専門の学芸員の説明を受け大変参考になりました。これを今後の活動に活かしたいと思います。

 静岡県高天神城見学では、当地ボランティアの説明で、内容では少し物足りないようにも感じましたが、ガイドとして最も大切な一つである「時間」をしっかり守り、客の希望どおりの配分で終えていることでした。ガイドは、自分の言いたいことを言いすぎてしまい、時々オーバになることが多いのです。

 また、諏訪原城跡、小田原城跡、八王子城跡では、専門の学芸員から城跡の歴史的背景から城跡の構造物を詳しく解説いただきました。また、野原学芸員からは、それぞれの当地で我々の気づかない点について、質問や解説をいただきました。


 
 特に小田原城については、次のように感じました。
 私の住んでいる上市町は、古くから呼び名で砺波郡、射水郡と並んで新川郡と呼ばれていましたが、この新川郡に縁のある小田原城は私が出かけてみたい一つの城でした。それは、平安時代末期、相模国の豪族であった「土肥氏一族」が二手に分かれ、何故か現在の広島県の安芸と富山県の滑川近辺(建長年間1249〜1255・越中堀江荘)へ入ったと推定されています。20数年前、神奈川県の湯河原町の土肥一族のルーツを訪ねたことがあります。土肥氏ゆかりのお寺である「城願寺」を訪れました。新川郡では、約300年近く地方の豪族として君臨し、今も私の住んでいる滑川市、上市町、立山町などには、土肥性も多く一族の子孫とされる地元では「土肥さん」と呼ばれ、広大な山林を保有する土地所有者も上市にはいます。また、山城では、茗荷谷城、千石山城、そして、弓庄城、堀江城、郷田砦、西養寺砦など数多くの史跡があります。

 土肥一族は、小田原城での関係はないようですが、源頼朝との関わりなど相模の国での活躍した子孫が、異国の地へ移住してきた想いを感じるのでした。

 小田原城を解説しているボランティア組織がしっかりしており、ボランティア養成講座をみても、年間講座数は37回、受講料は、25,000円、小田原市以外からも多く受講しておりその人気の高さが窺えます。また、ジオパークガイドも兼ねており、地球学を学んでいます。受講終了後には、実技、ペーパーなど卒業試験を実施、卒業後フォローアップ研修を3年間実施しガイドスキルアップに努めています。
また、運営費を賄うため企画ガイドを12本、小田原市とは観光課など所管別に契約し運営を確保しています。

 いくつかのコンテンツもあるとのこと。特に二宮金次郎は小田原出身ということで話題が尽きないようです。

 小田原城の城内見学では、建物は創建時のものではないものの、案内いただいた諏訪間小田原城館長からは、馬出門、銅門、常磐木門などの工事にそれぞれ数億円をかけて復元、材質は台湾ヒノキや標高の高いところで育ったラオス材を使用、石垣と柱の接触点は、石垣の凸凹に合わせて作ってあるとのことです。天守閣では、北条氏5代100年の歴史を中心に紹介している。

 また、城内の見学の後、小田原城の総構9キロの一部を約1時間半曲輪や堀切など城創建時の様子を見学説明を受け、見たことのない大きさや規模に圧倒されました。戦国時代の力を見せつけられました。

志村




小田原城にて


  • 城攻め

2018年07月17日 21:01

 7月28日(土) 砺波市埋蔵文化財センター しるし では小学生の親子を対象に「オープンデー2018」が開催されます。 詳しくは下記チラシで
 


 今年は民具デーを同時開催

 昨年は550名以上の親子が訪れ、大変な盛況でした。今年はそれ以上の参加を期待しています。

 
曲輪の会メンバーも協力しています。

 
              
本保澄雄


  下記 投稿は投稿後1年以上経過のため削除しました。
    2017.6.27 小学生が増山城へやってきた
    2017.6.11 増山城跡 19年から整備
    2017.6.20 ふるさと砺波探訪事業第3弾
    2017.6.29 砺波東部小児童が増山城を探訪


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