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増山城解説ボランティア 曲輪の会

増山城解説ボランティア養成講座の修了生を中心としたお城好きのグループです。国指定史跡「増山城跡」のガイド活動をはじめ、増山城跡でのイベントや定期的に各地のお城を訪れる「城攻め」などを行って楽しんでいます。文化庁の市民から文化力プロジェクトに参加しています。
メール kuruwano@gmail.com
ホームページURL http://blog.city.tonami.toyama.jp/group/kuruwa/
設立日 2010(平成22)年10月
会員数 38名
増山城戦国Tシャツ http://blog.city.tonami.toyama.jp/group/kuruwa/detail.jsp?id=1463
市民から文化力 http://www.bunkaryoku.bunka.go.jp/cgi-bin/shimin/detail.php?id=127
主な活動 2015.10.25 全国山城サミットin米原に出陣
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2019年01月05日 15:11

あけましておめでとうございます。

いつもブログを見ていただきありがとうございます。感謝の気持ちを込めて皆さん全員に年賀状をお送りいたしたいのですがそうもいきません。
このブログを借りて年賀状とします。



私の年賀状

 お正月の増山城

 正月恒例の増山城初登城、今年は1月4日だった。
昨年は1月4日、1昨年は1月3日に初登城をしている。
正月の増山城初登城は私には欠かせない行事となってしまった。勿論天候や体調にもよるが。



冠木門



堀切 雪が積もって浅く見える



又兵衛清水 正月には「若水」として利用されたかも

 

馬之背ゴ 木の間から太陽の光



一ノ丸から雪の砺波平野

2019.1. 5
   
         
本保澄雄


  • 日々の様子

2018年12月10日 16:35

 12月10日、久しぶりの晴。昨日は県下の平野部でも雪。雪の増山城を見たいと早速登城。約1ヵ月ぶりの登城となった。 (実は膝の打撲で1ヵ月以上登城していなかった)



増山陣屋 冬期間は閉館



陣屋の屋根にも雪が




うっすらと雪の積もった大手道 堀切 ⇔ F郭


 

二ノ丸 木々の間から青空が




三の丸の甘柿。今年もたっぷり頂きました。昨年まであった竹竿、今年は見当たりません。手の届くところにはもう残っていません。。


 

三の丸 イノシシが掘り起こしたのかな?来年は出番で準備運動?


 寒くなってきました。私もそろそろ冬眠です。
                 
 
本保澄雄


  • 日々の様子

2018年11月08日 17:28

問7. 増山城名誉城主の名前は
 答え 春風亭昇太 さん 


説明 テレビ番組「笑点」でおなじみの 春風亭昇太さんは大のお城好き。テレビ番組や各種メディアで増山城跡を取り上げていただくなど機会あるごとに増山城をPRしてくっださっています。丙申(ひのえさる=平成28年)九月弐拾六日に夏野市長から増山城名誉城主に認定されました。
 


平成21年7月 我々家臣団(曲輪の会会員)に護られ増山城へ初入城。
その後テレビや本などで増山城を何度も宣伝。
洋泉社ムック 『日本の山城100名城』で「城主になりたい山城トップ3」のトップにランク。


    
夏野砺波市長から認定書



 
昇太さんが増山城を案内。




昇太さんの本『城あるきのススメ』




戦国ポロシャツ 『増山之事 元来 嶮難之地』 は昇太さんによる。


(画像は曲輪の会ブログや砺波市のブログなどから)

               
本保澄雄
 


  • 基本情報

2018年11月06日 08:13

神水鉢 E 千光寺の心礎を蹲(つくばい)に転用したものか?

神水鉢の用途については、月時計、旗台石、塔心礎などいろいろあるが、今回は新しい説として塔心礎を転用し蹲として利用 説を書く。

  蹲(つくばい)とは日本庭園の添景物の一つで露地(茶庭)に設置される。茶室に入る前に手を清めるために置かれた背の低い手水鉢に役石おいて趣を加えたもの。手水で手を洗うとき「つくばう(しゃがむ)」ことからその名がある。
 もともと茶道の習わしで、客人が這いつくばうようにして身を低くして手を清めたのが始まりである。茶事を行うための茶室という特別な空間としても作用する。Wikipediaより 



 
(インターネット「信越北陸諸国の塔跡」より)

「二ノ丸は構造的に見て最も防御された区画であるため、主郭(本丸)と考えられる。・・・中略・・・
 現地説明板では二ノ丸推定心礎は「神水鉢」と云い、窪みには常時水が溜まっており、渇水時にも枯れることはないと解説する。旗台石とする説もある。また旗台石を塔心礎とし、二の丸は仏教施設が存立した空間であったとする説もある。・・略・・
 増山城二ノ丸推定心礎が心礎であることの確定的根拠はないが、大きさ及びその形状、さらに二重の円孔を持つことで心礎であることの可能性はかなり高いであろう。
 では、如何なる由来の心礎なのか。
まず、この山城に塔婆の建立があったとは考え難く、またあったとしても中世後期に心礎を必要とした塔などほぼありえないであろうから、この付近の寺院から搬入し、本丸庭園のなどに転用したものと考えるのが自然であろう。
であるとすれば、如何なる寺院からであろうか。
「幻の塔を求めて西東」では、根拠不明ながら、千光寺からの移転と云う。

そもそも千光寺とは・・・中略・・・

千光寺はかなりの古刹との伝承を持ち、現在千光寺に塔婆の建立があったとの情報は得ていないが、古代に塔婆の建立を見たことは十分考えられるであろう。
さらに当寺は和田川沿いにあり、同じく和田川沿いの増山城の数キロ上流に位置する。もし、千光寺から心礎が搬入されたとすれば、水運で搬入するのに好都合な位置関係にあるのも事実である。
 なお、常に水を蓄えている「神水鉢」は後世の作り話の類であろう。
旗台石であると云う説は形状から連想される後世の思い付きであろう。
あるいは実際に円孔を利用して旗台として使ったことがあったかもしれないが、そうだとしてもこの石が心礎であることの何の妨げにもならないことは自明である。
むしろ旗台のためにわざわざ大石を加工する方が不自然であろう。心礎を転用した方が合理的であろう。
二重円孔式(石の)大きさ156×120 p、
    (孔の大きさ)径28×(深)24 p
            径 7×(深)3 p   」
 注( )は本保が補記
   



 
 神水鉢について長々と書いてきました。
 ご意見などあれば是非教えてください。お待ちしています。
   
               090−7086―5074
 
                
本保澄雄


  • 基本情報

2018年11月05日 08:03

神水鉢D

氷見市にある塔心礎

チョット寄り道。
 前回佐伯哲也さんの塔心礎説について書いたが,今回はチョット寄り道をして氷見市に伝わる塔心礎石について書く。

 伝 小窪廃寺塔芯礎石

「いぼ石」と呼ばれるこの巨石は、小窪の通称「塔のすま」から運び出されたと伝えられ、現在は小久米の小久米神社境内に置かれています。8世紀初め頃、小窪に在ったという古代寺院「小窪廃寺」の塔心礎石(塔の心柱を受ける礎石)と考えられます。直径160cmでほぼ円形に整形されており、平らな上面に直径約82pの柱穴がうがたれています。柱穴の大きさは北陸では最大級のもので、この塔心礎を用いた塔の高さは一般には30m前後と推定されます。
    


  氷見市 生涯学習担当(インターネットより)

            
本保澄雄


  • 基本情報