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ふるさと学芸員の小窓

ふるさと学芸員のブログです。砺波市の「ふるさと文化財」とは、地域の財産として親しまれ大切にされている文化的財産のことです。このブログで少しずつご紹介していきたいと思います。
メール furubun001@gmail.com
ホームページURL http://blog.city.tonami.toyama.jp/group/furusato/

2011年08月23日 17:28



■大矢四郎兵衛銅像・砺波市鷹栖

鷹栖保育所裏手、新明社の境内に砺波に貢献した歴史的人物、大矢四郎兵衛の銅像が建立されている。
右足を一歩前に出しロングコート姿のダンディーな銅像だ。
どんな人物だったのか?
28歳で県議会議員となり、中越銀行設立にも参加したほか、砺波平野を流れる宮川に船を通して高岡や伏木と結ぶ会社をつくり、周辺道路の建設に取り組んだ。さらに明治28年(1895)、富山初の鉄道会社、中越鉄道株式会社を設立し中越鉄道を開通させた。
他にも、農民に桑の苗を無料で配り蚕を飼育する副業を勧めたり、県立砺波中学校(現県立砺波高校)の設立に尽力したり、砺波に印刷所をつくったり、これまた県内で初めての政党機関紙「富山日報」の社長にも就任するなど活躍した人物である。
43歳の時、北海道に移住し開拓の仕事を進め、大矢農場を開く。北海道岩内郡小沢村で亡くなる、享年72歳。

Q:中越銀行は何処へ?
A:昭和18年一県一行の国策により、十二銀行、高岡銀行、富山銀行と合併して「北陸銀行」となり現在に至る。
Q:中越鉄道は廃線?
A:いやいや!その後、昭和9年に国有化され、昭和17年に中越線を「城端線」と改称し、昭和62年に現在のJR西日本の経営に移り現在に至る。

四郎兵衛の功績を讃えて郷土に建立された銅像は、第2次世界大戦で供出したが、昭和35年に復元された。


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