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ふるさと学芸員の小窓

ふるさと学芸員のブログです。砺波市の「ふるさと文化財」とは、地域の財産として親しまれ大切にされている文化的財産のことです。このブログで少しずつご紹介していきたいと思います。
メール furubun001@gmail.com
ホームページURL http://blog.city.tonami.toyama.jp/group/furusato/
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2013年04月23日 09:54

2013.4.23

今日から砺波市はチューリップフェアが開催されますね!

会場だけじゃなくていろんな場所で鮮やかなチューリップが咲いてて、なんだかウキウキしますね〜(^^)

私もちょうどフェアの期間中に神戸から友達が遊びに来るので、一緒に行こうと思ってます!


さてさて、入道さんのお家についても3回にわたって紹介してきましたが、ようやく今回で終わりそうです。
感動が大きいと、全部伝えたくなってしまいますよね!

だって、この上方にかかる立派な梁!一日中見てても飽きませんね〜



ところで、写真中央にある木の扉・・・何か今は使わない道具などが入っているのかな〜



「そこ、開いてみ。」と入道さん。



えっと、、家の中がありました(@_@;)

囲炉裏から出る煙をこの二階部分に逃がしているんだそうな!
ほぉ〜〜〜!!

昔はよく二階に上がってホコリを取ってたけど、最近はしていないそうです。

最後に、お家の周りの杉の木(カイニョ)ですが、樹齢は60年!
まっすぐきれいに立っていて、よく手入れされていたんだろうなぁと見入ってしまいましたよ。





花粉症の方、こんなに杉の写真ばかり載せてすみません(汗)

入道さん宅のアズマダチ建築、周りを囲むカイニョ、そして入道さんもとっても心に残る出会いでした(^^)

またおじゃまします!

以上、マツシマでした。


  • 建造物

2013年04月22日 10:51

4月も終盤になって早く暖かくならないかと待ちわびているのですが、今日はまた一段と肌寒い・・・!

昨日は山の方で雪が降ったとか。
寒の戻り・・・?いらないよ〜(泣)


さて、前回の続きです。

入道さんのお家の前をウロウロしていたら、ちょうど選挙から入道さんご夫婦が帰ってこられました!

カメラを持って家の周りをうろつく私・・・
きっと不審者だと思われたでしょう。。笑

そんな私を入道さんはとーーっても快く対応してくださりました(^^)

この立派なアズマダチ建築のお家で、私が気になったのは二階部分です。



1階に比べたらだいぶん小さい部屋になりそう・・・しかも窓すごい小さいし、天井は三角になってるのかな??
などなど。

百聞は一見にしかずということで、なんと見せていただけることに!
広い玄関の壁に大きいハシゴを立てかけて上りましたよ〜!
ちなみに玄関は土間になってて、外は晴れててもちょっとヒンヤリしてました。



二階ってこんな風になってるのか・・・!生活空間じゃないんだ〜!

ということでまた後日続きを書きます!
ついつい長くなってしまいますね〜(汗)


  • 建造物

2013年04月17日 10:04

おはようございます。
今年度のブログ更新をすることになった、旧大山町出身の者です。

砺波市に関しては全くの初心者なので、勉強しながら観光に来た方の目線でお伝えできたらと思っています。どうぞよろしくお願いします。

さて、昨日はさっそく「砺波市文化財マップ」を頼りに、入道さんのおうちへ伝統的なアズマダチ建築を見学してきました。

立派な杉のカイニョ(屋敷林)に囲まれています。



そして近づいたときには、まずその大きさに圧倒されました。
これは行って見ないとわかりません!


これだけ立派だと掃除が大変そうだなぁ〜なんて初心者らしい感想をつぶやきながら周りを見渡すと・・・

綺麗な水仙もたくさん咲いてましたよ〜



しかし入道さんは外出中・・・
記念すべき私の第一回文化財の記録をどうしようと考えていると。。。


長くなりそうなので、次回に続きま〜す(^^)


  • 建造物

2012年06月29日 17:00

 砺波市東保にある旧東般若小学校の校舎は砺波市ふるさと文化財に指定されている建造物です。こちらの建物は明治の名工藤井助之丞が手掛けた木造校舎です。
 現在は3分の1ほどの大きさになって東般若公民館などに使用されています。




【藤井助之丞】
1860年11月30日、砺波郡太田村(現砺波市太田)に生まれる。当時から誉れの高かった井波の宮大工松井角平恒広(四代)に弟子入りし、従来の宮大工としての技術に加え、近代洋風建築の技法も学んだ。

 助之丞は、宮大工として各地の神社仏閣をたくさん手がけましたが、洋風建築の学校・農業倉庫・民家などにも腕を奮いました。
 日本が19世紀の半ばに開国をし、西洋の文化や文明を積極的に取り入れようとした時、庶民たちにとって、まず最初に「西洋」に触れる機会を持ったのが西洋風の小学校に通うことであり、役所などの公共建築が洋風建築で建てられていくことであり、地域の知識人である開業医が建てた洋風建築で西洋医学の治療を受けることだったようです。
 

 西洋建築の需要が高まる中で、伝統的和様建築の技術者(宮大工等)たちが創りだした建築様式を「擬洋風建築」といいます。西洋建築の様式や技術に関する知識も技能も持っていなかった彼等は、外国人居留区や東京に「西洋館建築」を見学に行き、そこで学んだ西洋建築の形態を自分達の伝統的和様建築技術で造ったのです。
助之丞も熱心に西洋建築を学んでいったのでしょうね。

 東般若小学校は、そんな時代の風潮の中で建てられました。入口の柱部分にはアーチがついていたり、装飾部分もハイカラな感じがします。この校舎は文明開化以降に近代化を目指した日本人のエネルギーの産物のひとつなのかもしれません。


 助之丞の手掛けた建造物は他にも、砺波市内には旧中越銀行本館(現・砺波郷土資料館)があり、南砺市には県立農学校(現南砺総合高校福野高校「巌浄閣」)などが残っています。


  • 建造物

2012年05月15日 09:24

 JR油田駅のそばに伝統的な土蔵造りの外観をした建物が「若鶴大正蔵」です。大正11年(1922年)に若鶴酒造株式会社が建設しました。




 平成7年(1995年)に老朽化に伴い、北側のを取り壊して解体し、現在の姿になりました。かつては仕込みに使われていましたが、現在は古酒の貯蔵庫として使われています。今年は創業150周年となる年ですが、こちらの蔵は4月から改修工事を行い、12月には展示を兼ねた研修施設に生まれ変わるそうです。


この大正蔵で「若鶴蔵祭り」が開催されます。

日時:平成24年5月19日(土) 午前10時〜午後2時半

場所:若鶴酒造兜~地内 砺波市三郎丸208(JR城端線油田駅前)

 この日は模擬店やアトラクションがある他、酒蔵見学ツアーも開催されるそうです。
詳しくは若鶴酒造株式会社のHPをご覧ください。
 
 この機会に、初夏の文化財見学はいかがでしょうか?

 
 


  • 建造物

2012年02月02日 16:47



■太田橋・砺波市太田・安川

国道359号線の一部として、砺波平野と庄川右岸の集落を結ぶ基幹橋となっている太田橋は、飛騨から富山湾に注ぐ庄川の中流域に架けられた長大橋です。

太田橋はもともと明治33年(1900)に私設で架けられ、庄川橋と呼ばれたのがはじまりでした。川の洪水や爆風雨濫で橋の流失は幾度も続いた歴史がありますが、現在架かる太田橋は昭和9年7月の集中豪雨で木造太田橋が流され、翌10年9月から県直営で工事がスタートし、昭和13年(1938)6月に完成された橋です。
長さ443メートル、幅5.5メートルの橋は、戦前の鉄筋コンクリート連続桁橋としては最長の長さを誇ります。高欄の連続する尖頭アーチのデザインが独特で日本の近代土木遺産2800選にも選ばれています。


『太田村史』には当時の貴重な写真が掲載されていました。
右上 明治33年 庄川橋 架橋
右下 明治44年 庄川橋 架橋
左上 昭和 9年 太田橋 流失(大正12年架橋)
左下 昭和13年 太田橋 架橋


  • 建造物

2011年12月21日 17:42




■十村安藤家の多門・砺波市木下

安藤家は砺波郡宮丸村にあって、初代次郎左衛門の寛永12年(1635)から10代次郎四郎の明治4年(1871)まで236年間にわたって加賀藩の御扶持人十村役を勤め、砺波郡の民政に貢献した名家である。屋敷は約4ヘクタールで濠をめぐらせ、正面にこの多門があった。時代の変化に伴い、明治23年(1890)に金沢へ移住。残された建物の一部は同村の西方寺の庫裡として移され、また権勢の象徴でもあった多門は、隣村小杉村の雄川家へ引き取られた。さらに昭和47年、その雄川家も東京へ移住されたため、多門も家屋とともに取り壊されることになったところ、現在の所有者でもある薮田氏によって現地に移築された。その際、後々の保存面を考慮して茅葺きから瓦屋根に改められた。

建物は、幅7間半(のびがあるので詳しくは47尺5寸)、奥行2間(12尺)、左手2間(13尺)と右手3間半(21尺5寸)は納屋形式となっており、壁は白壁、腰は横羽目板で覆ってある。ヌキには元文3年(1738)に藩の役人家来17人を周辺の村役人宅へ分宿させた覚えが墨書きされていた。恐らく17世紀末の建築とみられ、由来のはっきりした民家の多門としては、県内でも最古のものといわれる。
(『十村安藤家と多門』より)


国道156号線、油田交差点を西へしばらく行くと、木下公民館、新明社の近くに十村安藤家の多門があります。会社事務所の隣にあるその門は、時代劇に登場する奉行所の門のように堂々とした構えです。私はこの門の存在を知ることで十村、多門というコトバを知りました。^−^

十村(とむら)…加賀藩から出された農政制度。数十か村を統括する農民身分の最高職。武士の特権である苗字帯刀を許されることもあった。加賀藩や富山藩の農政実務全般を担当し、毎年の年貢微収や洪水その他災害への対処、新田開発の促進に主導的役割を果たした。また、地域農村の事情に明るい名望家であり、犯罪の取り締まりや藩と組下農民との関係調査など、地域社会の保全にも貢献した。

多門(たもん)…長屋門の一種で、両側に納屋があり、それをつないだ屋根の下に梁を冠木で受けて門とした構造。納屋は番所や農具置き場として利用された。



「砺波地方の農家の住居は、十村の家がモデルになっていて、家の周りに庭や塀をめぐらせ門を付けるのがステータスだった、そしてこれを目指して当時の人は頑張った。」と以前聞いた話を思い出しました。
今や家を建てるとき、多門もセットで造らなきゃ!と考える人はいないと思うけど、最近の砺波地方の住居モデルはいったい何なのかな?と疑問に感じました。


  • 建造物

2011年11月08日 14:56

■安川野武士の太子堂・砺波市安川

太田橋を渡り安川の交差点を南へしばらく行くと道縁に御堂がある。
御堂の中には聖徳太子像が安置されている。
高さは51cm、像と台座は共に砺波市庄川町金屋産の淡青色凝灰石(通称:金屋石)が使用され、台座右面に「明治26年巳年4月太子建立」と銘が刻まれている。
設計・施工は砺波の名工 藤井助之丞。
神社仏閣をたくさん手掛けた、助之丞の建築をギュぎゅっと凝縮されたような重厚かつ優れた建造物になっている。
太子が2才の春2月15日朝、東を向いて合掌し「南無仏」を唱えられたという故事があるが、富山県、特に県西部には浄土真宗の信仰が強く、太子信仰も盛んで、2歳の聖徳太子像が多く祀られている。
大抵下半身が赤い袴で上半身裸の像が多い所以は、南砺市井波にある真宗大谷派井波別院瑞泉寺に伝わる太子様の影響が深く関わっている。



木鼻といわれる部分には見事なバクと獅子の彫刻がみられる




屋根瓦は砺波市福山の初代三助の作




先日は秋の祭事があり御堂も御開帳されていた





  • 建造物

2011年10月13日 14:51



■専念寺本堂・砺波市太田

専念寺は平木山専念寺といい真宗大谷派(お東)の寺である。
永正10年(1513)、石川県津幡町永照寺より分寺し現在地に創建、開基は受西。
本堂は、太田の名匠藤井助之丞の作。
助之丞は万延元年(1860)太田に生まれ、井波の宮大工松井角平に師事した。
従来の宮大工としての技法はもちろん近代洋風建築や設計の技術を磨いた人であり、高い技術を身につけ建物を造った名匠である。
明治21年(1888)、28歳で独立して棟梁となり万福寺の観音堂をスタートに、神社仏閣、学校、住宅、有名なところでは南砺総合福野高校内巌浄閣(国指定重要文化財)や砺波市郷土資料館(旧中越銀行本店/砺波市指定文化財)など助之丞の作は数多い。
『ふるさと文化財』の中にも安川野武士の太子堂や東般若小学校校舎がある。
この専念寺本堂は助之丞が昭和3年に設計図を描き、昭和7年(1932)から5年の歳月をかけ建立され、これが藤井助之丞最後の作となった。昭和9年(1934)3月、助之丞は74歳の生涯を閉じ完成を待たずして亡くなってしまったが、助之丞亡き後は息子が棟梁になり引き継がれ完成した。


  • 建造物

2011年10月04日 16:27



■木村産業株式会社事務所・砺波市庄川町金屋

分類:産業建築物(事務所)
竣工:1933年(昭和8年)
構造:鉄筋コンクリート造

庄川では昭和初期に多くのダムや発電所が設けられ電源開発が進められたが、砺波市金屋地区は建設工事用の資材の搬入などで栄え、木村産業では鉄筋コンクリート三階建の社屋が建設された。デザインでは漆喰細工と多彩なタイルが多く用いられている。
(とやま文化財百選シリーズ6『とやまの近代歴史遺産』より)

漆喰は鏝絵の名工竹内源造(富山県射水市出身)46歳の作である。
事務所の2階の天井をはじめ白い丸柱の柱頭「龍」や外壁装飾、土蔵のなまこ壁など随所に鏝絵が見られる。
ある時期映画を上映していたというが、モダンな装飾がいたる所にほどこしてあるので雰囲気もよかったことだろう。

市内ではこの他にも竹内源造の足跡が残っているので一緒に紹介したい。
☆元中越銀行の玄関天井の漆喰彫刻(現 郷土資料館)
☆千光寺土蔵「恵比寿・大黒」「鶴」「龍」「鷹と松」 観音堂の絵馬額
☆油田村忠魂碑
☆山田文作像・門柱の鷹・手水鉢の龍
☆光照寺の庄川大仏・同台座装飾「鳳凰」「龍」「賽銭箱」「獅子」
☆名越家土蔵、川合家欄間、中嶋家土蔵など


  • 建造物